アキバ系2007/08/12 11:15

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あっっっっ・・・・・・・・・・・ついですねぇぇぇぇぇぇ。 脳ミソが醗酵しています。

昨日、高校からの腐れ縁である旧友が、東京からやってきた。 彼はミュージシャンであると同時にアキバ系アイドルのプロデュースやバックアップ等も手がけていて、今回はそっちの方の仕事で来阪したらしい。 大阪・日本橋の、その手の同人雑誌なんかを扱う書店でのインストア・イベント会場に、彼を訪ねた。

会場は男達の図太い喚声と得体の知れないパワーで埋め尽くされていた。 殆どが20代後半から30代位の年齢層の男達だ。 その中で彼はイベントの進行を片目で睨みながらPA(音響操作)をやりつつ、ちょっと引き気味の私の相手をしてくれました。

彼の話によると、会場の男達の半数近くは東京からの追っかけ組だそうである。 この連中は、明日の開催地である名古屋にもついていくらしい。 感心させられてしまう程のパワーとエネルギーである。

一月の半分以上を秋葉原にいて、この関連の仕事もこなすわが友。 コミック、アニメ、音楽、映像、イベント・・・ 「2.5次元的なアイドル」という朝日新聞のコラムで表現されたアキバ系アイドルをとりまくこのパワーとエネルギー、日本の産業の枠組みの中にしっかりと組み込まれているんだと実感しました。

イベント終了後、なんばパークスのカフェで近況や思い出話をひとしきりしてから、旧い友とは別れた。

日本橋の裏通りを歩きながら、ふと周りを見渡すと、何だか私の知っていた日本橋ではないアジアの別の場所のような錯覚を起こしてしまった。 ヤッパリ暑すぎるのだ。 ビールでも飲んで、正気に戻る・・・わけないですね。

二時間六十円也の思い出2007/08/03 22:50

祖母宅に滞在中の話。

午後からの半日、ぽっかりと予定が空いたので近くの市民プールに行った。 ここは小・中学生の頃よく通った所で、浅い幼児用と、流れと滑り台のある小人及びファミリー用、それに水深のある競技用の50メートルプールがあって、料金は大人2時間60円、小学生以下はなんと10円の格安である。 気だるい午後の時間をプールサイドでビールを飲みつつ読書で過ごし、飽きたらプールに飛び込んで火照ったからだと頭を冷やすという完全リゾートを夢想しつつ、近所のドラッグストアでビールを買い込み、ズタ袋の中にタオルや着替えやスポーツドリンクのボトルと共に開高健の「日本人の遊び場」(光文社文庫)を突っ込み、いそいそと出かけて行った。 いざ、「偉大なる休暇」へ

四半世紀ぶりに訪れた懐かしのプールは、私の記憶の中のそれと寸分も違わずに見えた。 いや、当時とはどこか変わっているのかも知れないが、老朽化した施設がまるで「全然変わっていません!」というが如く存在して、私に全く気づかせない。 とにかく懐かしさという感慨に耽りつつ、ぐるっと敷地内を一周してから小学生以下立ち入り禁止の50メートルプールの端に行き、パイプチェアに腰を下ろした。 ズタ袋から文庫本を取り出し、気持ちの良い読書のスタート。 時折、元気な中・高生が来てはしゃいでいくが、それ以外は静かである。 開高健が昭和30年代の日本人のレジャーをルポしたこの本は、まるで時が止まったかの如く感じられるこのプールサイドにぴったり。 ぐいぐい言葉の力に引き寄せられて、熱中してしまう。 喉が渇いたので早速ビールをと思ったのだけれど、鋭い視線を周囲から感じて、手を止める。 プール監視員のお爺さん達(老人会のボランティアかシルバー人材センターからの派遣であろう)が、一斉に私のほうを見つめているではないか。 それもそのはず。 見慣れぬ髭面の男がたった一人で来て、泳ぎもせず、プールサイドでいきなり読書に耽っているのであるから、不審に思うのは当然であり、注目されるのも無理無い事である。 ここでトラブルになるのは嫌なので、諦めてスポーツドリンクのボトルに手を伸ばし、グッとあおって立ち上がり、プールに恐る恐る足を突っ込んだ。 アレ、記憶と違う! 以前、このプールの水は井戸水を直接張っていて大変冷たく、炎天下でも数分間浸かっているだけで震え上がってしまう程だったのだが、今、足先から感じる水温は水道水のそれであり、さして冷たくは無い。 期待はずれで嬉しいような、寂しいような・・・ 肩から、頭から一度ズップリと水中に潜ってから、クロールで静かに泳ぎだしつつ「こんな見えへんとこ、ヤッパリ変わってるんやなぁ」と、妙な気分になってしまった。 それから読書→スポーツドリンク→泳ぎを数回繰り返し、僅か2時間ではあるけれど私の「偉大なる休暇」は終了した。 さぁ、外に出て、ビールを飲もう! 少しぬるくなってしまったけど。

二時間六十円也の四半世紀前の思い出は、妙ではあるが新しい思い出に更新されました。

また来年、更新しに来たいなぁ。

ただいまです2007/08/03 12:01

puka-puka

昨日帰ってまいりました。

台風が迫っていたので、少し予定を早めて午後6時頃の帰宅。 四国では、昼前から雨や風が強まり始めていたのだけれど、こちらに帰って来ると全然そんな雰囲気でなく、ただただ蒸し暑くて重たい空気が澱んでいるだけだったので、拍子抜けすると同時にウンザリしてしまいました。

祖母が住む愛媛県新居浜市は、かつて別子銅山(住友財閥の基礎となった)で栄えた都市であったが、今は銅山も閉山し、他の主要産業も無く寂れる一方ではあるけれど、愛媛県の中ではまずまずの規模の街である。 それでもまだ市内にそこそこの面積の水田が残っているので、かなり涼しく感じられる。 夜は扇風機ひとつで実に快適に暮らせる。

20年位前まで我が家の近辺にも田んぼが少し残っていて、夜に耐え切れないほどの蒸し暑さを感じることは殆ど無かったと思う。(若かったのもあるかも知れないけど) 田んぼが無くなり、マンションが建ち、駐車場が出来、風が抜けなくなって、空気が澱み、暑気で倦んでいくのです。 仕方が無いので、ビール(もどき)をがぶがぶ飲んでいます。 何とかならんものですかねぇ。

四国へ2007/07/29 22:58

あっついですねぇ~

これから四国の祖母の家に行ってきます。 帰宅予定は木曜深夜。

ではっっ!

ヒッチハイク2007/07/28 12:16

佇む影

枚方市内の叔母の家に車で向かう途中、ヒッチハイクをする若者を見かけた。 裸の大将みたいな格好で、行き先を書いたプラカードを掲げて、にこやかに佇んでいた。 「まだ、こういう旅をする若者っているんだなぁ」と、少し胸が熱くなった。 乗せてあげたかったが、数百メートル先で国道から逸れて、ヒッチハイクに不向きな駅前住宅街に向かうので、心の中で「ゴメン、頑張れ!」とエールを送って通り過ぎた。

10年程前までは、自分もヒッチハイクをよくやった。 北海道、九州、そして四国の成功率が高かったように記憶している。 近畿は全然だめ。 コツは、交通量がそこそこ(多すぎたり少なすぎてもだダメ)の国道で、市街地から少し離れた、タクシーや鉄道などが走っておらず、進行方向のやや先に車を停車しやすいスペースがあるところで、プラカードを出して親指を立てるとイイ。

当時は、結構拾ってくれるドライバーがいた。 テレビで、お笑い芸人の海外ヒッチハイクを放送していた影響もあったのかもしれないが、まだ少し大らかさが残ってたような気がする。 しかし、今のこんなご時世、得体の知れない他人をいきなり自分の車に同乗させる事に、抵抗を感じる人は少なくないであろう。 又、乗せて貰う方にも同じ不安がある。 10年前でもそんな感じはあったが、最近は更に強まっているのでは? 確かめてみたいけれど、ヒッチハイクをするには少々歳を取りすぎたようだ。 アレは、大変なエネルギーが必要だし、何より「若さ」という武器が在るのと無いのとでは全く違うのだ。 中年がやると、ただの貧乏人か変人扱いである。 それに、乗せる方になるにしても、ヒッチハイクをしている人を見かけない。 だから、今回は貴重な機会を一回逃してしまった事になる。残念。 誰か、ヒッチハイクの現状を確かめてみてくれない?

しかし、懐かしいなぁ、ヒッチハイク。